一燈・第3号の抜粋

天皇皇后両陛下 歌津をご訪問

 四月二十七日午後一時過ぎ、ヘリコプターにて伊里前小学校校庭に降り立たれました。

 両陛下は海と伊里前市街地が見えるところまでお進みになられ、知事や佐藤町長の説明を聞いた後海に向かって丁寧に一礼なされました。

 伊里前小学校からはマイクロバスでご移動になられ、車窓から笑顔で手を振られ、中学校体育館の避難所ではお一人おひとりに暖かいお声をかけられ励まされました。「生きていてくれてありがとう」と優しくお声を掛けられました。

 伊里前小学校から飛び立たれる前にも、また太平洋に向かって一礼なされお帰りになりました。

 両陛下のご訪問は、被災者に大きな勇気と希望を与えたことと思います。

 実は天皇陛下と歌津はご縁があり、昭和三年十一月、昭和天皇の即位の大礼が京都御所において執り行なわれたとき、国家的慶事にあたり、歌津村の名産鮑が「大嘗祭机代餞鮑」として献上されたのです。

 また歌津の海が蘇った時、両陛下に献上できる日が来ることを願うのみであります。

 

五月十六日から 仮設住宅入居開始予定(吉野沢団地)

 いよいよ仮設住宅入居が始まる。吉野沢団地に建設された81戸に抽選で決定された被災者が入居する。五月五日入居予定者対象の説明会が開催された。

 仮設住宅には日本赤十字社よりテレビ、冷蔵庫、洗濯機、エアコン等六点セットが支給される

 一方、仕事の都合や家族の都合で自分の土地や借地にプレハブ等を設置した場合、これらの備品等の支給はない。同じ日赤会員として不公平との声があがっている。

 第二回の仮設住宅は平成の森に建設された246戸の入居者が五月七日抽選により決定され、五月二十一日説明会が予定となっている。以後、伊里前小学校25戸、歌津中学校35戸がまもなく完成し抽選後入居可能となる。

 これで公共用地への建設は終了し、絶対数が足りない南三陸町では民有地への建設が始まるそうである。

 

仮設住宅入居は 集落ごとに入居を

 五月四日午前九時より南三陸町災害対策本部を訪問し、遠藤副町長、佐藤総務課長、西城建設課長に小野副会長、熊谷監事、小野常任委員、平形港契約会会長が同席し次のように要望した。

 現在の入居者決定の方法は個人ごと、歌津地区か志津川地区かの希望により抽選を行なっているが、阪神淡路の反省から(孤独死を予防するため)復興につながる集落ごとに入居できるよう抽選の方法を変えて欲しい旨を要望した。回答は次のようであった。

 絶対数が足りない(特に志津川地区)。南三陸町においては現在の方法しかない。地域コミュニティは仮設住宅に入居した方々で新しいコミュニティをつくって欲しい。そのために集会施設も建設するとの回答であった。

 更に今後は、港地区をはじめとする民有地へ建設するとのことだが、その際も今までどおり抽選で行うとの回答であった。今後民有地に建設する仮設住宅も今までどおりの方法で入居決定すると地元の方々が集団で入居できなくなる恐れがある。現に決定している吉野沢団地や平成の森に当ってもキャンセルし、更に抽選に参加するしかない。しかも地元に当る補償はないことになる。これでは何のために用地交渉をしたり、地域のコミュニティを守るために努力してきたか分からない。仙台市では個人申込みはなしで十人以上の隣組での申込みを受け付けているそうである。

 折角地元のため、仲間のためと思って用地所有者は快く承諾したはずである。その期待を裏切ることになり、後々のトラブルになったり、復興につながらなくなる恐れもある。

 なぜ南三陸町全体で絶対数が足りないのなら、始めから歌津地区の民有地もカウントした全体数量を把握し、地元優先で入居できる方法をとれないのか。地元なら少し位遅くとも集落の人々は待ってくれるはずである。そうすれば平成の森等に余裕ができ、その分を志津川地区の方々に提供することができるのではないだろうか。私たちは歌津地区だけの地域エゴで主張しているのではない。三陸地方は始めから平地が少ないことは分かっていたことではないのか。

 当地方の特殊性を説明して、制度そのものを見直してもらうよう働きかけるのは町の仕事ではないのか。更に復興に一日も早くつなげるためには恒久住宅となる予定地附近にいないと相談にもならないのである。

 

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